研究領域

　健康増進への意識・取組は、メンタル面、フィジカル面、ソーシャル面の良好化をもたらし、継続的に実施することで、健康寿命延伸につながります。ここでは、生活習慣病、認知症、運動器症候群など、加齢に伴い発症し、生活の質（ＱＯＬ）を低下させる要因に対し、入浴が果たせる役割について、解説します。
　今回は、血圧、血糖、脂肪細胞から分泌される生理活性物質で善玉、悪玉など様々な影響を持つアディポカイン、加齢に伴ない「骨、関節、筋肉」等の身体を動かす「運動器」の障害による介護などの危険性が高まる状態である運動器症候群（ロコモティブシンドローム）、認知症と入浴に関する取組について、解説を行います。

入浴と血圧

　多施設での臨床事例としては、人工塩類泉入浴効果研究班（全国6施設共同研究）は、本態性（原因のはっきりしない）高血圧患者に対し、就寝前入浴による夜間の深部体温及び血圧への影響（人工塩類泉入浴効果研究班、1997）について検討しました。入浴の条件は、さら湯浴、人工温泉浴（芒硝・重曹泉浴剤）、入浴なし（無入浴）の3条件で，それぞれ別の日に行いまし。その結果、深部体温は、無入浴では時間経過と共に徐々に低下しますが、さら湯浴では最大0.3℃の上昇が2.5時間持続し、人工温泉浴においては最大0.4℃の上昇が5時間持続しました。睡眠時の収縮期血圧でみると、無入浴では平均7mmHg、さら湯浴では平均15mmHg、人工温泉浴では平均21mmHgの低下を認めました。

　田中らは、本態性高血圧症者を対象とし、硫酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムを混合した入浴剤を用い、その効果（田中ほか，1987）について検証しています。それによると、単純泉と比較して、入浴剤浴が高血圧患者で有意に強い血圧の降圧作用、深部温の高値と持続作用、静脈血の浄化作用（鮮紅色化）が確認されました。

　いずれも、芒硝・重曹泉タイプの入浴剤を用いることで、その血行促進、保温持続等より、浴後の降圧と維持につながったものと考えられます。

人工塩類泉バスクリンの効果に関する研究－循環動態，深部体温,自律神経機能,血液ガスの変化について－.日本温泉気候物理医学会誌,50(4)：187-196．1987．　
高血圧患者の人工塩類泉（バスクリン）入浴による夜間血圧，深部体温，血液ガスの変化．日本温泉気候物理医学会誌,54：51-52．1997.
浴剤の保温性に関する研究（第１報）．日本香粧品科学会誌,6(3)：175-180．1982．

入浴と血糖

　入浴と血糖の関係に関して、食物摂取前後の入浴による血糖、インスリンへの影響について検討を行いました。

　血糖、インスリンに関しては、さら湯では、食物摂取順序による影響はみられませんでしたが、硫酸マグネシウム含有炭酸ガス入浴剤浴では、浴後摂取の方が浴前摂取よりも、摂取後の血糖、インスリンの上昇が抑制される傾向にありました。また、浴前摂取の場合は、さら湯に比較して入浴剤浴は血糖上昇が抑制される傾向にありました。
　食物摂取と入浴の関係による血糖値変化について、検討を行ってまいります。

炭酸ガス含有無機塩浴の効果－体温、体循環と食物吸収－日本温泉気候物理医学会誌,69(3):167-178．2006．

入浴とアディポカイン

　健常成人15名を対象に、41℃10分間の全身浴と浴中の柔軟体操を行い、皮膚深部温（舌下温）、皮膚血流（前額部）等を測定しました。アディポネクチン（動脈硬化を予防し、インスリン感受性を良好化する）、レプチン（摂食抑制、エネルギー消費亢進、糖代謝改善作用などを有する）は採血分析により評価しました。
　すべての試験は、被験者に事前に試験内容を充分説明し、同意を得て行ないました。

　舌下温や皮膚血流は、硫酸マグネシウム含有炭酸ガス浴がさら湯浴よりも有意に増加しました。入浴後、レプチンは硫酸マグネシウム含有炭酸ガス浴、さら湯浴共に有意に増加し、アディポネクチンは硫酸マグネシウム含有炭酸ガス浴のみ有意に増加しました。

　入浴によりレプチンは増加し、アディポネクチンは硫酸マグネシウム含有炭酸ガス浴のみ増加しました。これら増加の機序は明らかでないものの、硫酸マグネシウム含有炭酸ガス浴は、さら湯浴より深部体温や皮膚血流を有意に増加させていることより、インスリン感受性亢進作用（インスリンの働きを正常化する作用）、抗動脈硬化作用（動脈硬化を抑える作用）を有する善玉アディポカインの分泌を促したと推察できます。この事実は、生活習慣病の一次予防に役立つ可能性があり、今後、さらなる研究を進めていく予定です。

入浴と運動器症候群（ロコモティブシンドローム）

●背景
近年、急速な高齢化社会の進展と共に、健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間である健康寿命を伸ばすための各種取組が行われています。快適な暮らしを過ごす為、「生活の質」いわゆるＱＯＬ（Quality of Life）の向上が望まれる中、介護リスクとも関連する運動機能の障害予防に対する意識は高まりを見せています。日常生活に必要な運動機能とは、立つ・歩く・走る・座るなど、身体の移動に関わる機能であり、これら機能が低下すると、ＱＯＬも低下し、介護リスクも高まります。

●目的
生薬混合抽出液高含有浴用剤の生薬有効成分の主な生体作用として、血行促進作用、保温作用などが知られており、温めて痛みを緩和、やわらげ、身体の柔軟性を高めるなど、筋肉、関節等の運動器への効果が期待されています。
今回、生薬混合抽出液高含有浴用剤が、中高年者の歩行能力、身体柔軟性などの運動機能へ及ぼす影響について、運動器体操を組み合わせた場合の各種有効性について検証を行いました。


被　験　対　象 ：40代～60代(51.6±4.6才)の健常男女 　13名
入浴条件 ：41℃10分間の全身浴
浴用剤 ：生薬混合抽出液高含有浴用剤(15mL/200L)
生薬：トウキ、チンピ、カミツレ、ショウキョウ　　　　　対照：さら湯浴
試験方法 ：被験者は、25℃に設定した試験室にて安静馴化後、以下の順で試験を実施した。
安静　→　評価　→　入浴　→　評価　→　運動器体操（以下　運動）　→　評価　　
運動(3種)：1)開眼片脚立ち（各脚2分間　バランス能力をつける）
2)スクワット（5回　下肢筋力をつける）
3)フロントランジ（前方に一歩踏み出し元に戻す　各脚5回　下肢の柔軟性、バランス能力、筋力をつける）
評価項目 ：2ステップテスト(最大2歩幅　歩行能力を総合的に評価)、長座体前屈（身体柔軟性を評価）、主観評価（Visual Analogue Scale以下VAS：温まり感、関節の動かしやすさ　他）　等
すべての試験は、被験者に事前に試験内容を充分説明し、同意を得て行ないました。

　入浴後は、歩行能力、身体柔軟性、温まり感で改善し、生薬混合抽出液高含有浴用剤浴群は、さら湯浴群に比較して、歩行能力、関節の動かしやすさの改善が認められました。
　さら湯浴、浴用剤浴共に、温まり感が有意に高まり、身体柔軟化、関節の動かしやすさに良好な影響を与えたものと考えられました。生薬抽出液を含有する浴用剤浴は、血行促進効果、保温効果が報告1,2）されており、上記項目で、さら湯浴に比較して有意に高まった要因であるものと考えられました。

水治療法における漢方生薬エキスの効果，日本温泉気候物理医学会誌，44(3,4):128-137，1981.
生薬浴用剤（センキュウ・チンピ）の効果に関する検討，日本温泉気候物理医学会誌，61(2):95-100，1998.

１）2ステップテスト
　両浴群とも、入浴後に有意に増加し、運動後、さらに有意に増加しました。
　運動後は、さら湯浴群に比較して、浴用剤群で有意に高値でした。

２）長座体前屈
両浴群とも、入浴後に有意に増加し、運動後、さらに有意に増加しました。

入浴剤浴とロコモーション運動が運動機能に及ぼす急性効果．日本温泉気候物理医学会2016年

入浴と認知症

　入浴と認知機能の関連、影響をみることを目的に、以下の検討を行いました。

対象：某デイサービス利用者　12名（男性3名、女性9名　年齢83.8±7.6歳）
入浴：湯温41℃～42℃によるデイサービスセンターにおける入浴としました。
入浴条件：
①無機塩含有炭酸ガス系入浴剤（以下「入浴剤」）、②入浴剤の色・香りを除いた成分のみ、③入浴剤の色・香りのみ（以下「色・香りあり」）、④さら湯としました。
測定項目：
認知症ケアマッピング*1を用いた入浴後2時間の行動観察を行いました。
入浴直前後にPOMS（気分や感情の状態）、血圧、脈拍、鼓膜温、顔面皮膚温、表情変化*2を測定しました。
*1：認知症をもつ人々が過ごす施設内で、状態の良し悪し、また、どのような行動をしているのかなどを観察評価する方法。よい状況（Well-being）とよくない状況（Ill-being）を6段階のWIB値で数値化します。
*2：20段階のface scale（表情の変化）

結果

　2時間の行動観察において入浴条件間での差は見られませんでしたが、入浴剤、色・香りありでWIB値*1の変化で数値が増す変化が観察しました。
　POMSにおいては、入浴前後の平均値では、色・香りありで、TA(怒り－敵意)及びTMD（総合的気分状態）が低下傾向、表情変化は増加傾向をみとめました。また、色・香りの有無の比較では、色・香りありと入浴剤での方が、CB（混乱－当惑）は低下しました。
　血圧、脈拍、鼓膜温、顔面皮膚温の有意な変動は認められませんでした。

まとめ

　入浴時の湯色と香りが認知症の行動改善に有用である可能性、および高齢者の気分・感情を調整する可能性が示唆されました

入浴剤の色と香りがデイサービス利用者の気分・感情に及ぼす影響：ニュースリリース2018年

入浴の健康寿命に関する有効性に関して、メタボリックシンドローム、ロコモティブシンドローム、認知機能、などへの影響について検討を行っています。今後も、人々の健康に寄与できる様々な可能性、エビデンスを取得し、快適なバスライフを提供できますよう研究を継続し、有用な情報発信に努めてまいります。